Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    春一番、仔猫の乱 C
 



          




 天下の警察にもわざわざとまでは言わなかったこと。よって、どこででも語れることではないからと、とりあえず向かったのが葉柱邸。お二階のルイ坊っちゃんの部屋へと上がり、篠宮のお姉さんにお茶を用意していただいて、さて。大きな窓から降りそそぐ陽光も明るい、落ち着いた雰囲気のお部屋の只中で、
「起こったことはあの刑事さんが確認にって訊いたそのまんまだ。」
 一人掛けの肘掛け椅子。外国仕様のゆったりした作りなのにね。何だか落ち着けないのはその大きさが寒々しくて。ルイのこんな傍にいるのに、真っ向から向かい合ってるその距離がもどかしい。でもね、ヨウイチくん。お説教や尋問ってのはそういうもんです、はい。
「昨日、セナと俺があのビルに連れ込まれちまったのは、あすこを根城にしてた連中がたまたま何かの取引してたとこに鉢合わせしたからで。向こうにしてみても、俺ら連れてくつもりはなかったらしいんだけど…。」






            ◇



 それもやはり、今と同じくらいの時間帯。5時限目の授業が“ゆとりの時間”だったので。春の芽吹きを観察しましょうというお題の下、桜もそろそろ終わりかなという路傍の緑や、店先のお野菜の品揃え、春を迎えての町の行事の下準備などなどをあちこちで観て回ることとなり。もう三年生だからということか、学校の敷地からちょっとだけ出ての観察活動と相成った坊やたち。クラス替えがあったけど、また同じ組になれた仲良しのセナくんと二人、時々は携帯電話の撮影機能も使って、ツツジの茂みや八百屋さんの新タマネギなんて他愛のないもの、撮影しながら歩いてた。そんな中だったから、
「…っ?! 何だ何だこのチビっ、何を勝手に撮ってやがんだよっ!」
 特にそっちを狙ったものじゃあない。公園の山桜の木の赤みがかった若葉を、頭の上まで持ち上げた携帯で撮ってただけなのに。その向こうにいたお兄さんが、いきなりそんな荒げた声を掛けて来て、セナの手から携帯をもぎ取ろうとしたもんだから、
「いやぁ〜っ。」
 怖くてだろう、震えてた か細い悲鳴。少し離れてサボってた妖一くんにもあっさりと聞き取れて、ハッとすると駆けつければ、掴みかかられて泣きそうなお顔になってたお友達。そんなものを見てしまい、さあ坊やが怒らないはずはなく。平日の昼下がりにこんなところにいる大人に何の遠慮がいるものかと。聞きようによってはセールスマンとか宅配のお仕事をなさってる方々にちょっと失礼かもな決めつけながら、容赦なく取った手段が…携帯のストラップを引っこ抜くという非常手段。彼には珍しくも1つだけ下げていたカメレオンのマスコット。それのマスコット側の紐の根元を思い切り引くと、ブザーモードが発動という在り来りなことだったが、周囲に鳴り響いたは…心臓が躍り上がりそうなほどもの大音響で。
「う…っ。」
 先生からの指定があったから、そんなに学校から離れてはいなかった。この公園にだって、赤ちゃんのお散歩にって来ていたお母さん方がいたし。誰かが何事かと気がついてくれるはず。それより何より、この音に辟易し、逃げてくもんだと高をくくっていたところが、
「そこに誰かいるの?」
 茂みの向こうからそんな誰何の声がした途端、
「…ちっ!」
 何を思ったものか、そのいきなりなお兄さんはやっぱりいきなり、セナの手を取ってたままで駆け出したから、
「あっ、こらっ!」
 その子は置いてかんかと、妖一坊やがギョッとした。まずは間違いなく手ぶらの身軽さでそそくさと逃げる筈と踏んでいたのに。このお兄さんは…予想しなかった方向の突拍子もない行動に出てくれて。何事にも例外ってのはあるもんだと、ご当人もしっかり規格外の坊やがしみじみ思ったのは後日の話。
「待てっ!」
 心底ぎょっとしたからか、それとも…すぐ目の前で泣きながら引っ張ってかれるセナくんという光景があまりに痛切な構図だったからか。次の手として…肌が痒くなる濃厚山芋成分配合のカラーボールを略取犯へ投げつけるとか、セナくんの携帯の登録番号は知っているのだから、それを某所のスーパーコンピュータ経由の高速追尾でGPS使って追うとか。適切な手段が幾つか講じられたはずだのにね。よっぽど焦ったからだろう、一番やっちゃいけなかった手、
「チビを返せよっ!」
「痛たたたた…っっ!!」
 男へと飛びついての直接攻撃に出てしまった妖一くんであり、逆手に握った、まだブザーが鳴ってるままの携帯で、がつんがつんと背中と言わず腰と言わず、届く範囲を叩き続けてみたところ、
「何しやがんだっ!」
 このクソガキがと、今度もまたカッと来たお兄さんだったのだろう。とはいえ、片手は既にセナくんで塞がっていたからと、繰り出されたのが足であり。ぶんっと大回りで振られた足の先、ハッとして避けた坊やの反射が利いたか、それとも大した蹴りではなかったからか、取り返しがつかないほどもの威力は発揮しなかったが…それでも、まだ8歳9歳の子供には昏倒するに十分な勢いの無体な攻撃。くっと息が詰まったそのまんま、その場に崩れ落ちた小さな体から意識が摘み取られたその刹那、


  ――― 自分の身体が浮き上がったような気がした坊やだった。






            ◇



  「………それでどうしたんだよ。」

 思い切り眉を寄せ、くっきりとした目許な割にそこに浮かんだ瞳が小さめな、所謂 三白眼を吊り上げてと。今にも唸り出しそうな威嚇の表情を浮かべている葉柱のお兄さんへ、
「そんな怖い顔しなくたっていいじゃんか。」
 自分の無鉄砲を怒っているものと思ったか、坊やが口元を尖らせれば、
「いや…。」
 そうじゃなくって…と。我に返ったか、少々視線を逸らして溜息一つ。意識がなくなるほど蹴り込まれたという下りへと、背条を何かがぞわぞわと這い上って来るような、そんな怒りが沸き上がっただけの話で。まま、確かにこの坊やに向けてどうするかという、お門違いな憤怒のオーラには違いない。すまんすまんと気を取り直し、肘掛けへ乗っけてた腕をこちらへと伸ばして来た葉柱へ、
「………。」
 坊やも何かしら感じ入ったか。大きな手のひらで よしよしと頬を撫でてくれるのへ、こちらからも“すりすり…”を返してから、お話の続きに立ち戻る。
「しばらくしてセナが揺すぶったので起こされてな。俺らが放り込まれたのは、何とか印刷所って刷ってあったから、架空請求かDMかのハガキか何かだろうな。紙系の何かが詰まった、やけに重たい段ボールが幾つかと、座るとこのビニールが破けたパイプ椅子とかが置いてあった、倉庫みたいな空き部屋で。」
 さっきの事情聴取が行われた部屋なのだろう。
「隣りなのか廊下なのか、何であんなガキを二人も連れて来たんだっていう怒鳴り声がしてたから、放り込まれてそんなに時間は経ってないなって踏めたんだけど。」
 そうですか。そんな判断までしましたか。相変わらずに冷静な坊やだこと。
「床に何枚か散ってたのが、宛て先が書かれてない架空請求のハガキだったから、はは〜んって、どういう奴らが巣食ってる場所なのかには気がつけた。あれだな。セナが携帯で撮っちまったのは、金を引き出す役のバイトとこっちで詐欺芝居のとか恫喝する電話を掛けてた面子とが、顔を合わせてたところだったんだ。」
 金を引き出す方は、どうかすりゃ防犯カメラとかから足がついて捕まりやすいから。そんな下っ端といるトコを撮られりゃあ、やばいって思いもするよなと、感慨深げに付け足してから、
「窓はハンドル回して開ける型の、ガラスが一枚の、小さいのが1つだったし。2階だったからって油断したんだろうな。俺ら、縛られてもなかったし、窓はすぐにも開いたから。これは行けるって思って、ドアの前へ荷物のありったけを移動させてバリケード作ってから、セナに大人しく待ってなって言って、そっから外に出てさ。」
 外って…と絶句しかかる葉柱へ、
「排水管のパイプがさ、すぐそばにあったから。」
 壁へと固定してる金具がちょうどいい足場や手掛かりになってくれてよ。セナが見送ってたから、怖いなんて顔も出来ねくて、でも。足から出てすぐんトコに届くそんなんがあったら、そこは使うじゃんか、ふつー。
“使わねぇよ、ふつー。”
 まったくです、葉柱さん。
(う〜ん) バリケードって言ってたが、重たい荷物をチビさんと二人で移動したんか? おう、下にそこらにあったコンビニの袋を何とか挟み込んでな。
「知ってるか? スーパーとかコンビニのポリ袋ってのは、世界で一番摩擦抵抗が低い素材なんだぜ?」
 だから、足元に落っことしたまんまにすんのはご法度だ。台所の床に水をこぼすの以上に危ねぇからな…なんて。蘊蓄が挟まる余裕なのへ、判ったから話を進めなと促せば、
「携帯を両方とも取り上げられてたのは痛かったけど、外ん出ちまや こっちのもんだから。まずはそこがどこなのかを見回して。知ってるトコだって判ったから、公衆トイレを探した。」

  ――― はい?

 さっきの坊やの言い回しじゃあないけれど、普通は、そういう時は大人に助けを求めるか、警察に電話じゃあありませんか? そう感じたのともう一つ。
「いきなり便所探してどうするよ。」
 我慢してたか、それとも喉でも渇いていたか。いやにくっきりした目的として挙げた坊やだったのへ、怪訝そうなお顔になった葉柱へ、
「だから。知ってるトコだって言ったろがよ。」
 人の気配のあんまりない土地。以前に、だからこその用向きがあって来たことがあった場所。やたっとばかり、嬉しくなったとまで言う坊やだったのは、
「公衆トイレの天井裏に、マシンガンタイプのガス銃とか、かんしゃく玉や発火テープとかを隠してあったからサ。」
「………ちょっと待て。」
 お前という子は、何でまたそんなところに、自前の武器収納庫を勝手にだな。だって、人気がないトコだからこそ“サバイバルゲーム”のし放題だったんだもの。西東京サバゲークラブ泥門支部の代表の、神無月っていうお兄さんに聞いてみなよ。一応警察にも許可は取って、月に一回、あすこの丘で他の支部のチームとマッチアップとかしてんだからさ。これは叱られるところじゃねぇぞと、またまた口元を尖らせる坊やに、
「…判った判った。」
 話の腰を折ってすまなかったと、渋々謝る総長さんであり。………でもさ。絶対にどっか何かおかしいってと、誰か何とかこの坊やへ言ってやって下さいと、胸の裡では哀願の涙が滂沱たり…だったお兄さんにちがいなく。
(苦笑)
「そんで? モデルガンと…発火テープ? それ使って、一体何をしたんだ?」
 つか、なんでそのまま逃げなんだとどれだけ言いたかったことだろか。そんな方法だとセナくんは自力では脱出出来なかったことだろから仕方がない。速やかに大人へ助けを求めりゃよかったのにと、そんな叱責が喉の間際まで出かかっていたけれど、
“籠城事件に発展しかねなかったからか?”
 そうなって、セナくんが連中にあらためての人質とされてしまったら? その命を盾にされ、たった一人でどんな怖い想いをするだろか。そうと案じての、彼なりの信念に基づく自力救済だったのかも知れずで。こんな小さい子が頼もしいのも善し悪しだよなと、内心でしょっぱそうなお顔になった総長さんであり。そんなこっちの気も知らないで、
「………だから。」
 装備は大きなビニール袋に乾燥剤と一緒に入れてたから湿気てもおらずで。それを幸いに、まずは届く限りの窓全部へ発火テープを貼って回ったと、坊やの証言は続いて。
「ガラス切りで傷を付けといてから、特製マッチを真ん中へと差した煙草を、火ぃ点けて挟み込んでな。」
 かんしゃく玉の火薬をちょこっと強力にした程度の威力があるので、傷口という突破口を抱えた普通ガラスくらいならあっさり破砕出来るんだぜ?と、
“だから、胸を張るなというに。”
 どこの特殊部隊へ潜り込んで修行してた子なんでしょうか、まったくもって。
「煙草ってのはどうやって手に入れた。」
「いくら未成年でもな、俺くらいまで小さいとまさか吸うとは思われないんだよ。」
 勿論のこと、吸いませんしね。なので、
『パパのお使いです、みどりのハイライト下さい』
 って、たどたどしく言って。随分と以前に買い求めてたのを、やっぱりモデルガンと一緒にしまってたそうで。
「で。まずは自動発射装置をタイマーつけてセットしたマシンガンを、植え込みの陰にセットしてから。公衆電話でいかにも子供っぽく、火事みたいですって110番通報して。それから煙草への火を点けて回って、出た時に伝った排水管のハシゴで素早く二階へ戻って…。」
 いやいや人の目がない土地で良かったなあと、続いた言いようを遮って、
「ちょっと待て。」
 さすがに喜々として語ってはいない坊やだったから、単なる遊び半分な代物なんかではなく、一応の覚悟あっての行動だったらしいけど。
「何で戻った。」
 せっかく無事なところにいたくせに。自分であれこれ仕掛けて、間違いなく大騒ぎの渦中と化すだろう現場へ、何でまたご丁寧に引き返した彼だったのか。賢い子だのに、何でそんな愚行を選んだのかと訊くと、

  「だって、セナがまだ居残ってたもの。」

 自分であれこれ仕掛けたからこそ、その責任だって取らなきゃなんない。少なくともセナには危害を加える気なんてさらさらなかったし、必ず戻るってのが前提の行動だったのだそうで。仕掛けの最中だって、たった一人で取り残されて、どれほど心細がっていることかって、そればっかりが気掛かりだったから。
「てきぱきと手が動いたのもそれがあってのことだろしな。」
 そう言って、うんうんと大人びた様子で頷いて見せる坊やには、
「……………。」
 葉柱のお兄さん、もう言葉がない模様です。
「そいで、その部屋にだけは何にも仕掛けてなかったけど、万が一ってこともあるからって、二人でくっつき合って体を縮めて待ってたら、煙草の火が届いた順に、あちこちから窓ガラスが割れる音もし始めて。そこへ、マシンガンのBB弾が上の階の窓を狙って飛んで来もしたもんで、ビルん中は大騒ぎになってサ。」
 身に覚えはないが強襲されたには違いなく。とんでもない状態に浮足立ったが…ここを根城に悪さをしていたもんだから、ただ逃げ出せなかった連中だったらしいのは推して知るべしで。証拠になるものを持ち出そうともたもたしているところへ、警察と消防とが駆けつけて。火の手はないけど爆発物が仕掛けられてのことかもしれないから、速やかに非難しなさいと呼びかけたのに…煮え切らないのを不審に思っていたらば、どこかから“助けて〜”っという子供の声がするじゃあありませんか。
「そいで、消防署の人に助けてもらって、めでたしめでたし。」
「〜〜〜〜〜。」
 あ〜あ、またまた恐ろしい武勇伝作っちまったよ、この子ったら。頭痛がしそうだというお顔になり、自分の額を大きな手のひらで支えている総長さんへ、
「セナは昨夜っから進のところへ匿ってある。警察は仕方がないけど、マスコミに食いつかれたら地獄だからな。」
 奴らがどんだけ考えなしかはルイだって知ってるだろ? こないだも、行方不明になった子と帰り道で最後まで一緒だったって小学生の女の子へ、どんな様子でしたかなんて何人もがマイク向けて訊いてやがってよ。その子がそんなことを一生消えないトラウマにするかもなんて、考えもしねぇ。憮然とした様子にて言ってのけた坊やだったのへ、手回しの素晴らしさを…だがだがやはり、偉かったぞと褒めてはやれない葉柱のお兄さんだったのも、これまたしかり。
「〜〜〜〜〜。」
 言葉にならない何かしら。言葉にしなきゃあ思うところが伝えられないのが人間同士だから、この曖昧模糊とした気持ちをどうしたもんだろかいと…自分への不甲斐なさが半分という“もやもや”した気分で“う〜ん…”なんて唸っていると、

  「あんな…?」

 さすがに。気まずいのはヤだなと思ったらしい、冒険大好き王子様。ホントだったら全部隠しとくつもりでいたのにね。選りにも選って“隠しとくつもりだった”ってことだけが残っての、作戦破綻を招いちゃった訳なので。阿含さんではなくルイさんが現れた時も、想定外の運びへ“それって最悪だ〜〜〜”と感じての混乱から…ついつい突っ慳貪な応対ばかりになってたけれど。それは、元を正せば勝手なことをした阿含さんへのむっかりだし。
“それに…。”
 一応の鳧がついたからと、肩から力が抜けて落ち着いて来ると…そっちへも判って来るものが1つあって。恐らくあの歯医者さんは、葉柱議員というカードをちらつかせるなんていう、大人なりの小細工を弄して便宜を図ろうとしたのみならず、同時に坊やへのクギをも刺したかったのだ。こんな無茶をしたら、危ない真似をしてこうまでの騒ぎを起こしたら、坊やを助けたいとする者は誰だって…融通つけてくれるだろうこのお兄さんの肩書きに頼っちゃうぞ。この人自身だって、ホントはそういうの嫌いなんだろうに、そんな意志を曲げてまで頑張っちゃうかもしんないぞと。そんな形でのクギを刺して来たのだと。

  ―― 子供扱いされたくなければ尚のこと、
      無体無謀について回るリスクの中へ、そんくらいは織り込んどけという、

 このお兄さんが大好きだという 坊やの心情までもを見越しての。直接的な策の中へ忍ばせてあった遠回しのサジェスチョン。それに気づいてしまえる坊やも坊やで大したものだが、ここからは…頭の中の問題じゃあなくって。

  「あんな、ルイ…。」

 怖ず怖ずと、考え込んでるお兄さんへと掛けた声。んん?と間髪置かずに視線が上がって来たのが、どうしてかな。ドキドキして喉が苦しい。心配させただろう坊やの無鉄砲な行動へ、ここは叱った方が良いのかなって、きっと困ってもいる彼なのに違いない。坊やが賢
さかしいことを重々知ってるから言い負かされて無駄だと思っているのかな。それとも、いけないことをしたと判っているだろから、反省もまた既に済ましてるんじゃないかと買いかぶってくれてての迷いかな。どうしようとそのまま二の句が継げないでいると、

  「ま、過ぎたことはしょうがねぇか。」

 前のめりになりかかってた上体を引き起こし、大きな手で自分のお膝を両方、ポンと叩いたお兄さん。
「そうそう褒めてやれることじゃあねぇが、お前、結構正義感が強いみたいだしな。」
「…あ"?」
 何ですてと、今度は坊やの方から訊き返せば、
「だから。お前がこういうとんでもない向こう見ずをやらかす時ってのは、決まって、相手がこそこそとした悪事をやってる時だろが。誰にも咎められないなんて見過ごせないって、そんで何かしら仕掛けるって順番だからな。」
「…そうだっけ?」
 ああ。詰まんねえ言い掛かり程度とかだと、鼻で笑って取り合わねぇじゃねぇかなんて。何にでも食いつく訳ではなかろと、これはもしかして褒めてくれてる総長さんみたいだったが。…いやいや、それも相手によっては、何でこんなチビに居丈高にも下から“見下ろされる”のかなって方向で凄げぇこと カンに障るんですけれど…なんて。ここにカメレオンズの井上くんとか近藤くんとかがいたなら、フォロー(?)してくれたかも知れないですが。
(苦笑)
「正義感ねぇ…。」
 狡猾だとか小賢しいとかとは真っ向から逆の、思わぬフレーズを唐突に冠されてしまい。それへと戸惑うように きょときょとと瞬きなどしていると、

  ――― ふわ…っ、て。

 向かい合ってたお兄さんが笑ってくれたのが、あのね? 痛いくらいに胸がドキンとしてそれから…無性に嬉しくて。

  “何なんだろ、これ。/////////

 褒められて嬉しいのは、この小悪魔坊やにだって同じこと。そういう、プライドなんていう“気分”への波及とかまで把握した上で、あくまでも合理にかなった即妙な言いようが出来て、ぴしゃりとこっちを黙らせることも出来るのが阿含さんなら。胸の奥のやわらかいところへと滲む、掴みどころのない切ない痛みを齎すのが、この人との間柄につきものな…何だろうか、気持ち? 反応? そういう何かになりつつあって。いつまでも気持ちへまとわりついてて、それぞれのお家へ帰ってもなかなか離れないままになってる、余燼みたいなもの。楽しかった時だけじゃあなく、困らせちゃったとか怒らせちゃったとか、そういう時のまでがいつまでも振り払えなくって。あ〜あ失敗失敗とか、見てろよこの野郎っていう、切り替えのしやすいものじゃあない、何か。いつまでもドキドキと嬉しいのへ、困ったように含羞
はにかみながら、
“まあ…二極化は思考が子供な証拠っていうしな。”
 割り切れないものを実感するのは、理解出来ないものを、それでも取り込もうとする自己許容の拡大、ひいては大人になりつつある証拠かもと。そういう分析が出る辺りはまだ何とか余裕の坊やが ふと思い出したのが、

  『なあ、なんであんなフツーの不良に懐いてんの?』

 ついこないだ、高見センセーんトコで携帯の機能を Ver.アップしてた時に、たまたま居合わせた阿含から訊かれたばかりの一言で。用がある時だけって付き合いじゃないなんて、ヨウちゃんには初めての相手じゃないの? ご近所だから? 足代わりなら、ミニパトのお姉さんで用は足りてたくせにサ。ああいうタイプが珍しくて面白いから? 柄が悪いばっかで、俺からすりゃああんまりお薦めじゃあないけどな。そんな風に言われて、ムッと来た。けど、
『喧嘩だって しょっちゅうしてんでしょ?』
 子供を相手に言いなりになってくれない野暮なその上、相容れないところのある相手なんて疲れない? 相変わらず、絶妙なツボをついて訊く歯医者さんへ、

  『ルイは俺んこと子供扱いするから面白いんだよ。』

 ??? 俺だって、普通の子よりは微妙になるけどヨウちゃんにもちゃんと手加減とかしてるけど? 意味が判らなかったらしいのへ、そうじゃなくってとクスクス笑った小悪魔坊や。それ以上は内緒だと答えなかったのだけれども、
“不器用なトコが面白いんじゃんかよな。”
 もしかしたなら、要領がいい分、何かと坊やの方が頼もしいのかも知れないのにね。子供はすっこんでろなんて、胸張って言ってのけちゃう人。拙くたって遠回りだって構わない、筋を通そうとか信念だからやり遂げようって気概が何とも気持ちのいい人だから。庇われてるのが気持ちよくって、この人に凭れてるときは肩の力抜いてていいんだって、そんな風に思えた、初めての人。
“それどころか。”
 駄々を捏ねるという、最も子供っぽいこと。感情優先になってしまって、物の理屈を聞き入れないことっての。思えば最後にやらかしたのっていつのことだったかなぁ。一番最近、母ちゃん以外の誰かがいんのに大声上げて泣いたのは…ああそうだ、誰もいないトコを探してたのに、ルイが駆けつけちゃったあの時だよな。
「どした?」
 きょとんとしている、間の抜けたお顔さえ愛おしい。
「…何でもねぇ。」
 お説教はもう終しまいでしょと、椅子から立ってそのまま前へ。真っ直ぐ向かって、よいしょって乗り上がった暖かいお膝。間近になった、ちょっと怖い作りの精悍なお顔。こっちからもお顔を近づけると。大人げなくもどぎまぎしてか、困ったように眸が泳ぐのまでもが、やっぱり愛しくて。
“…全〜部、俺んだからな。”
 って思える、特別な人。俺たち不良のツッパリだしって、天衣無縫な乱暴者ぶってるけど。実は…律義で生真面目で。今時には珍しいほど、責任感が強いというか、意気地が強い人だからこそ、融通が利かないくらいに頑迷で。一旦やるぞと言ったからには、何としてでもやり通す、期待を裏切らないところが。要領よくって何でも出来ちゃう坊やには、素朴で面白くって…頼もしくってしょうがない。


  「なあ。」
  「んん?」
  「頼むから、こういう騒動は。」
  「うん。今度からはルイの顔思い出す。」
  「…そか。」
  「迷惑かけると貸しを作っちまうしな。」
  「だから…っ。〜〜〜うぉいっ。/////////


 こっちからの ちうって、そういえば初めてだったかな? 照れ隠しも兼ねて、分厚い胸板へと凭れ掛かって。そぉっと瞳を閉じればね。どっちのか判然としない、早い鼓動が聞こえて気持ちいい。春の陽盛りにうっとりと、大好きなお兄さんの懐ろ猫さんになった坊や。いつもこんな風に大人しくしていてくれたらいいのにねなんて、真っ赤な頬のまんまで苦笑したお兄さんだってことも知らないで。やがてはうとうと微睡みの中へ。思惑通りにならなかった部分もあったけど、今回もまた坊やの一人勝ちにて、変梃子な騒動に幕が下ろされたのでありました。




  〜Fine〜  06.4.14.〜06.4.17.

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  *名探偵コナンを観るたびに思うのが、
  “いくら中身が高校生でも、こんな子供が実際におる訳ないやろ〜”でしたが。
   それに全然遜色無く、対抗出来てるヨウイチ坊やだなって思います、ええ。
(笑)
   葉柱さんには是非とも、
   いつまでも大人げないままに、そのピュアな感性を麻痺させることなく、
   坊やの冒険へヤキモキし続けてほしいなと。(ひでー。)

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